STORY | あらすじと、各話紹介

1話 わしおすみ

鷲尾須美(わしおすみ)は毎朝5時に起床すると、
裏庭の井戸へ行く。
そこの水で身を清めるのが日課だった。
冷たいが、心身は引き締まる。
その後は、徒歩で数十分の神社に赴き、祈りを捧げる。
境内の階段にいる猫とは仲良しだ。
心の中で勝手に名前までつけている。
帰宅してからは、朝食の準備をする。
料理をする事が、彼女は好きだった。
「朝は、お米を食べないと気がすみません」
そんな事を呟きながら、慣れた手つきで包丁を使う。
鷲尾家の両親は、朝が洋食派だ。
それが娘の須美としては我慢できない。
己が、米と味噌汁こそ至高の朝食という主義だから。
親の作るものに不満があるなら、
自分自身で責任を持って朝食を作る。
真面目な彼女が出した明快な方針だった。
今では両親も、須美の作る朝食を楽しみにしている。
洋食派から和食派に好みを塗り替えるという彼女の作戦は、見事に成功しつつあった。
「ご馳走様でした」
朝食を終えて、登校準備を済ませれば、後はいつものように通学するだけだ。

神樹館六年一組。―それが須美が通う学舎とクラスの名前である。
なんといっても世界の全てである“神樹”の名前がついている学校なので、格式が高い。
校舎の造りは、普通の小学校とかわらないが警備は厳重で、衛生管理なども隅々まで行き届いている。
「こんにちは」
落ち着いた声で挨拶をして、須美はクラスに入る。
「鷲尾ちゃん、こんにちは」
「こんにちはー」
同級生も育ちと品がよく、しっかりと挨拶を返してくれた。
須美は、クラスメート達が好きだった。
男女とも、分け隔て無く話している。
想い人はいないが、充実した学校生活だ。
……とはいえ優等生の須美といえども人の子。
三十人いるクラスメート達の中で、どうしても苦手な方に分類してしまう人物が、二名ほ
どいた……いずれも女子だ。
その一人は、今まさに須美の隣の席で、突っ伏していた。
「Zzz……むにゃむにゃ……私のベーコン」
爽やかな朝だというのに、級友は寝ている。
これは須美にいわせれば、惰眠を貪っていると表現できてしまう。
(……で。でも。朝眠い時だってあるし……仕方ないこと……)
須美は、そうやって自分に言い聞かせた。
クラスメートの挙動にケチをつけたいわけではないのだ。
細かい事に目くじらを立ててしまいそうな己を、須美は恥じた。
自分をこういう気持ちにさせるから、隣で寝ている級友は、苦手なのだ。
その級友の体がビクンと動く。
「あわわっ、お母さんごめんなさい!」
そんな事を叫びながら、彼女はいきなり立ち上がった。
しーんとなるクラス。
「……はれぇ? 家じゃない?……?」
寝ぼけながらの独り言。
「ここは教室で、朝の学活前よ、乃木さん」
須美が冷静に突っ込みをいれると……。
途端にクラスがどっ、と笑いに満ちた。
「あわわわ……」
皆から爆笑をもらった隣の子は、顔を真っ赤にして席についた。
上品な顔立ちに似合わぬ、ドジッ娘っぷりを見せつけた彼女は乃木園子(のぎそのこ)。
この国を支える組織・“大赦”の中でも、大きな発言力を持つ乃木家の威厳からは想像も
できないほど、彼女は常時、ぽやーっ、としていた。
「あぁ……やっちゃったなぁ?」
照れ笑いを浮かべている園子を、チラチラと見る須美。
その視線に、園子が気付いた。


「すみすけ、おはよ?」
気の抜けたような声で挨拶される。
「ごほん。おはよう、乃木さん」
須美は、きちんと挨拶を返した。
とにもかくにも、挨拶は大事だ。
挨拶をしないと、神樹様に怒られる。
そう言い聞かされて、子供達は育っている。
「ねぇ乃木さん、私、別にすみすけってあだ名じゃないんだけれど」
「あ、シオスミの方が良かったかな?」
「そういうことではなく……」
「私の事も乃木さんじゃなくて、自由に呼んでいいよ。ノギーとかさ?」
「……あまり英文字っぽい響きは…」
園子は、平和そうにニコニコ笑っている。
変なあだ名をつけてくるのも、善意100%なのだろう。
だからこそ扱いに困る。
……こんな平和な彼女が日常にいる分には全然問題ではない。
須美が園子を苦手としている理由のもう一つとしては、そんな乃木園子が、自分と同じ、
ある“お役目”に就いているからだった。
園子の天然系な性格で、神聖なるお役目が果たせるのか、不安になってしまう。

そうこうしているうちに、担任の先生が教室にやってきた。
担任は二十代半ばの凜とした女性で、普段は厳しくて子供達から恐れられているが、生徒
想いである事は教え子達にも伝わっているので、嫌われてはいなかった。
日常の行事である朝の学活がはじまる。
今まさに日直が号令をかけようとした時…。
「はざーすっ! ま、間に合った!」
生徒の一人が、教師の後で駆け込んできた。
「三ノ輪さん、間に合っていません」


三ノ輪と呼ばれた少女が、ばん、と軽く出席簿で頭を叩かれた。
担任教師が生徒を注意するクセだ。
時代が時代なら、体罰問題に発展しかねない行為だが、今は全く問題は無かった。
この時代は、過度で無ければ、体罰は許されている。
クラスの皆が、またドッと笑う。
三ノ輪と呼ばれた少女は足早に自分の席に戻っていった。
三ノ輪の席は須美とは少し離れている。
着席した三ノ輪は、すぐに周囲の級友に話しかけられていた。
「ねぇ、なんでギンちゃん遅れたの?」
「6年生にもなると色々あるんさ」
「えー何それ」
彼女の座った周囲が、ぱぁっと華やいだ。
これが、三ノ輪銀(みのわぎん)という少女が持っている、底抜けた快活さという魅力。
「アウッ、まずい教科書忘れた」
「あははギンちゃん何しにガッコきてるの」
……底抜けるにしても底抜けすぎではないか、と須美は常々思う。
いい加減な感じに見えてしまうのだ。
ただのクラスメートなら、それでもいい。
むしろ好ましく思える陽気さだったろう。
しかし三ノ輪銀は自分や乃木と同じく大事な
大事なお役目についている、三人の内の一人。
三ノ輪家も乃木家と同じく大赦で大きな発言力があるのだから、そこらへんの自覚を持っ
て欲しかった。
アクシデントがあったものの、気を取り直して日直が号令をかける。
「起立」
生徒達が立つ。
「礼」
生徒達が礼をする。
「拝」
生徒達が、礼をしたまま手をあわせる。
「神樹様のおかげで今日の私達が在ります」
感謝の言葉を神樹様に捧げる。
「着席」
ここでようやく生徒達は着席となる。

一週間の時間割で、道徳と神道が多くあるのが、この時代ならではの特徴だ。
きまじめな須美は、1つ1つの授業を真剣に受ける。
隣の園子が時々ぼーっとしているのを、注意していたりもした。
そして休み時間は友達と、とりとめもない事を話したり、リコーダーの音色をあわせてみ
たり、時々図書室に行ったり、パソコン室に行ったり……。
比較的温和な過ごし方をする部類だった。
ちなみに三ノ輪銀は体育会系のコミュニティに属しており、いつも校庭で遊んでいる。
乃木園子といえば、フラフラしていた。
誰とでも話したり、いきなり寝たり。
スローライフを満喫しているように見える。

そろそろ昼休みが終わろうとしていた。
須美は授業の準備をしようと、クラスメート達との会話を切り上げ、自分の席に戻った。
(今日は夕方にお役目を果たすための訓練か……うん、頑張ろう)
そう彼女が思った刹那。

ドーーン! と大きな衝撃が周囲を包んだ。

その衝撃と同時に、クラスメート達の動きが
ぴたりと止まった。
「? みんな?」
須美は一瞬何が起きたか理解できなかった。
目の前のクラスメートに声をかけてみる。体を揺すってみる。
しかし返事はおろかリアクションもない。
「これは……まさか!」
ガタっと立ち上がり、周囲を見る須美。
やはり、完全に動きが止まっている。
落下中の箸が空中でピタリと静止している。
時計の秒針も、完全に停止していた。
「来たんだ、お役目をする時が……」
時間の停止は、お役目開始の合図。
全て教わった通りだった。
「ねぇねぇこれ敵がきたんじゃないの!?」
校庭からダッシュしてきたのだろう、銀が血相をかえて飛び込んで来た。
「三ノ輪さん……動けるんだ」
「鷲尾さんも動いてるってことは、やっぱりそうなんだ、お役目の時間だ」
二人が真剣に会話を交わしていると……。
「ふぁーあ」
脳天気な声が聞こえた。
「ねみゅい……また寝ちゃったぁ……?」
乃木園子が、昼寝から目覚めていた。
「あれ? あれあれあれ?」
周囲の異常な空気を察する園子。
「夢かぁ?……むにゃ」
「「寝るなー!!」」
「はぅあ!?」
再び寝ようとする脳天気な園子を、須美と銀が同時のタイミングでつっこんでいた。
「時間が止まったってことはだよ、この後くるのは確か……」
「神樹様の力による、大地の“樹海化”」
銀の質問に対して、須美は冷静に答えた。
心臓はドキドキしっぱなしだが……親からも大赦からも言われ続けてきた事象だった。
聞いていた予定より随分早いが、自分達三人は、神樹様に選ばれたお役目をする存在なの
だ。
……ならば、教えられた事をやるしかない。
「私達が“勇者”となって、“敵”を迎撃するしかない―」
鷲尾須美は震える己を鼓舞するように、ぐっと拳を握り直した。

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